言の葉の葛篭

本や映画や食べたもの飲んだもの、なんでも記録帳です。ゆるゆるやります。

「今時の若者」が「今時の若者」を浮き彫りに

「今時の若者」を、内面まで容赦なく浮き彫りにした小説だな、と思いました。

 

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これがSNS世代の書く小説の形

朝井リョウの「何者」は、第148回直木三十五賞を受賞した作品です。

平成生まれの作家さんが初めて受賞した、ということもあって、一度読まなければと思っていましたが、なかなか他の本に追われて読めずにいましたが、最近やっと読みました。

 

※以下、ネタバレも少し含みますので、まだお読みでない方はご注意ください。

 

SNSTwitter」がストーリーの大きなカギを握っている今作、

正直、Twitterやっていないと読みにくいというか、ピンと来ない部分も多いのではと感じましたが、私はTwitterFacebookもやっているので、特に違和感なく読めました。

 

主人公の拓人をはじめ、登場人物は全て大学生(もしくは院生)世代。

サークルも引退して、就活を始めようという頃。

友人仲間と一緒に酒を飲んで語り合ったり、

エントリーシートや履歴書を書いたり、

筆記試験の情報共有をしたり……

主人公の視点でずっと物語が進み、全てのキャラクターは主人公の主観と個人のツイートによってしか描かれません。

ここが、大きなポイントだと思います。

 

基本的に、主人公の周りにいる人、そして第三者から見れば主人公自身も、

いわゆる今時の言葉リア充に組される人物ばかりです。

一流大学に通っていて、同居してたり、バンドやってたり、留学経験があったり、クリエイターを目指していたり。

 

しかし、主人公は冷静に周囲を観察し、自分は一歩引いた立場でいます。

全員のTwitterも定期的に見て、

そこから、周囲の人間に対する想いを胸のうちで募らせていきます。

 

プロフィールに好きな単語をスラッシュで区切ってたくさん並べていること

Twitterに格言めいたことを並べ立てて、リアルにも偉そうなことを言ってくること

安定した道を捨てて、自分の夢を追いかけてむちゃくちゃやっていること

そのくせネット上では酷評されていること

表面的な仲間意識で馴れ合っていること

 

はっきり言葉として書かれてはいなくても、これらは「苛立ち」や「嫌悪感」という形を成して、読者を覆います。

私はまんまと引きずられ、小さな苛立ちを募らせながら読みました。

 

これは巧妙な「ミステリー小説」

ところで、ここ最近の小説のジャンルとして、

「日常ミステリー」というのか、「人が死なないミステリー」が定着していると思います。

もちろん以前からあったと思いますが、よりジャンルとして定着したようなイメージを持っています。

そして、この「何者」も、その「人が死なないミステリー」の1つでした。大きくジャンル分けするなら、「ミステリー小説」に分類されるべき小説です。

 

後半のひっくり返し方は見事でした。

タイトル「何者」も、パズルのピースとなってカチリとはまります。

 

学校という庇護をなくして社会人にならなければいけない不安定な時期。

自分はちゃんとした社会人になれるのか?という不安を常に抱えているにも関わらず、

その不安には気付かないふりをして、

 

「自分は周りとは違う。」

 

という盾を必死に構えて、SNSでは一定のキャラクターを演じて、どうだ!どうだ!と見せ付ける若者たちの姿。

正直、目を背けたくもなりました。

 

こんなに若者・若者と書いていますが、

そんな私も登場人物の彼らと10も違わないのです。

 

思い当たる節がありすぎて、それこそ身に迫って「痛い」のです。

 

朝井リョウの友人は朝井リョウに観察されている

読後、まず思ったのは「この人の友だちにはなりたくないな」でした。

タイトルにもあるように、この小説は著者が自分の同世代の人間を浮き彫りにしています。

それこそ、妬みや嫉みといった部分まで、くっきりと。

 

表面では友人だ仲間だと言ったって、誰も全部をさらけだしたりはしないこと。

喋っている向かいでいじっているスマートフォンで、友人が何をしているのかは分からないということ。

 

朝井リョウは、友人と接しながら、きっと観察していたのではないでしょうか。

「今時の若者」が「今時の若者」を観察し、描き、斬る。

この小説はストーリー展開もさることながら、その「等身大感」がリアリティを増幅し、直木賞受賞に至ったのだと思います。

 

こんな人が同級生にいたら、怖いです、私は。

 

「何者」に見る小説の形

最初から最後まで一気に読むことのできた本書ですが、

「小説」というものの書かれ方、受け止められ方が、以前とは確実に変化していると感じました。

それは良いとか悪いとかではなくて、社会の変化に伴った、当たり前の変化だろうと思います。

 

若い作家は若い作家ならではのものを書けば良い。

 

それを上の世代が読んで「つまらない」「深みが無い」「語威力が無い」とか思うかも知れないけれども、私はこの小説、本当に今の若者をリアルに描いている作品として「面白い」と思いました。

Twitterというアイテムも、非常に生かされています。

 

今の若者は、純文学に見られるような言葉遣いはしないし、ハードボイルドがカッコイイなんて古いし、学生運動なにそれ?な世代なのです。

だから今の作家が、今の、そしてこれからの読者が面白いと思えるものを書くのは当たり前。

そういう意味で、朝井リョウという作家は、観察眼と文章力を兼ね備え、なおかつ「読者に合わせる」ことのできる人なのだと私は思います。

 

今後の作品にも、期待しています。